2017年1月14日土曜日

フラッタして打撃くらった

 日付が変わってしまいましたが、13日の分です……。今日は飲み会だったので、許してくださいまし。一応これで10投稿目、10日間続けたことになります。自分エライエライ。

世間でも「継続は力なり」と言う人は多いように思います。僕自身もその言葉の信奉者で、ひとつのことを長く続けてことをやることに価値を見出しています。
一方で、同時に、それでも成果がでなきゃ意味がないよね、と考える冷めた自分も心の中に感じます。前者の考え方はこれまでの日本の風潮、後者の考え方は近年のこの国を含めた世界の風潮なのではないかと勝手に予測しています。

たとえば最近よく聞く「ワークライフバランス」というフレーズや「生産性を向上しよう」という掛け声。これらの背景にある志向は、仕事をばしばし片付けて、利益をあげつつ「今まで通りかそれ以上に」楽しく過ごそう、という方向性です。革新的なアイデアは減り、人口も減る。増えるのは老人ばかり。その状況で今と同じような暮らしを保つために“可能な限りさっさとやれ(注:一定の結果を伴いつつ)”。これは、短期での新しい成果を求めながらも、結局今までの生活に固執しているということでは?

こう考えると逆に、今まで通りの生活を保つ必要なんてあるのかな、とか思います。たとえば人の出入り。昨年アジアと中欧の数カ国に旅行に行ったのですが、どの国にも色々な人種の人がいました。翻って日本は同じような顔つきの人ばかり。2015年の難民認定者数は7586人の申請者中27人※1.もっと他の国出身の人に門戸を開くべきではないでしょうか。そうして人が増えてくれれば、無理に生産性を上げる必要なんてありません。

もちろん準備が必要ですし、問題も発生するでしょう。ヨーロッパにおいては近年移民への敵愾心も強まっていると聞きます。しかしそれは移民を受け入れようと試みた結果です。日本はまだそのようにトライしてさえいません。自分の印象ですが、既にちょっとした都市の飲食店などの非正規労働者には、外国人の方をたくさん見かけます。そういった方々と話す機会もありましたが、彼らは日本で働きたいという志を持ち、自費で日本語学校に通いながらアルバイトをしているのです。その現実と、彼らの意思に応えるべきでしょう。


集団の和を尊ぶことも、我が国が「継続」して抱いてきた価値観だと思います。それを自分の周り、自分と同じ人種の人のみにしか適用しないというのは、あまりに了見が狭い考えではないでしょうか。多少今までとは違う環境で暮らすことになったとしても、自国だけの発展ではなく世界の安定と平和を目指す。その先にはきっと、今までとは違う種類の楽しく愉快な暮らしという「成果」があると信じます。
あまりまとめた話にできなかったなぁ、という感触から今日のタイトルを。

※1 法務省2016/1/23付プレスリリース「平成27年度における難民認定者数等について(速報値)」
   http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri03_00111.html

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